クリケットの歴史

Our History Vol.1

2018年5月28日

Our History

男のダンディズムに欠かせないスーツスタイル。そして、それをいかに洒脱に見せるかは、Vゾーンを構築する重要なアイテムであるネクタイにかかっています。そんなネクタイの製造に半世紀以上も情熱を燃やし続けてきたブランドがあります。それが、クリケット。その歴史を紐解けば、日本のメンズファッションの変遷が見えてきます。

TEXT & EDIT Tetsu Takasuka PHOTO Seiichi Niitsuma

ダンディズムを追求するネクタイメーカー

日本のファッションシーンは、世界に影響を与えるほどに成熟してきました。しかし、戦後間もない頃は、日本独自のスタイルは、ほぼ無きに等しかったのです。ですが、その当時から、男のダンディズムと洗練されたメンズファッションを追求してきたブランドがありました。それが、ネクタイの製造を主な生業とするクリケット。ただ、ネクタイを作るだけでなく、それにまつわるファッション、そしてライフスタイル全般まで視野に入れてものづくりを続けてきたクリケットは、現代のアパレルの先駆けとも言える試みを行なってきたと言えます。そんなクリケットの歴史を辿りながら、戦後の日本のメンズファッションの歴史を振り返ってみることにしましょう。

クリケットの現在の社長を務める藤本幹雄氏の父が、福岡県・博多の地で藤本ネクタイを創業したのは、1960年のこと。まだ、終戦から15年しか経っていませんでしたが、人々の暮らしにも余裕が生まれ始め、日本の国民がファッションを意識するようになる下地が整ってきた頃でした。アメリカントラッドに傾倒していた創業者は、当時のアメリカのアイビーリーガーたちが身につけていたレジメンタルタイを若者向けに製造するようになります。奇しくも当時、日本のアイビーブームの火付け役である『VAN』が台頭してきた時期。クリケットのレジメンタルタイは、同ブランドの創業者である石津謙介氏の目に留まり、『VAN』のネクタイの製造を一手に引き受けることになります。それにより、会社は大きく成長を遂げていきますが、創業者の胸のうちにあったのは、やはりネクタイをはじめとした総合ファッションブランドを自らの手で作りたいという想い。1968年に東京にオフィスを構え、様々なブランドのネクタイを製造しながらも、自社ブランドを立ち上げる機会を伺っていたのです。

そして、チャンスが訪れます。クリケットは、伊勢丹デザイン研究所出身で、トラッドに造詣の深い、林勝太郎氏を筆頭に、『エーボンハウス』というブリティッシュタイルとアメリカのニュースタイルをミックスした最先端のブランドを設立。一躍、日本のファッション界の最先端に踊り出ます。


Next > Vol.2「イタリアとの出会いが最上質のネクタイを生み出す」


You Might Also Like