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BEFORE→AFTER STYLING OF THE ATHLETE Vol.1

2018年10月15日
Before→After Styling Of the Athlete

東京五輪まであと2年。一瞬の結果のために鍛錬し、努力を重ねるアスリートから元気や勇気を貰います。CRICKETは、アスリートをファッションからサポート、応援する企画、Before→After Stylingをスタートします。第一回目の今回は生まれつき耳が聞こえない「両側感音性難聴」という障がいがあるデフリンピックアスリートの岡部祐介氏。2016年 「スタラザゴラ世界ろう陸上選手権」4×400mリレーにて、日本史上初の銀メダル獲得し、「全国障害者スポーツ大会」200m部門にて2013-2018年まで6年連続で優勝をし続け、日本のデフリンピックアスリートを牽引する存在でもあります。Vol,1は岡部氏の陸上との出会い、デフリンピックを目指すまでに迫ります。


岡部祐介(おかべゆうすけ)
デフリンピックアスリート  ライフネット生命  身長186cm、秋田県出身。自己ベスト記録 400m/50秒39
*デフリンピック:聴覚障がい者のオリンピックに該当する、4年に1回の世界大会。デフ(Deaf)とは、耳の不自由なという意味

Yusuke Okabe

Past and Future

〜陸上競技との出会い〜

Before→After Styling

── 陸上をする前はどんな少年でしたか。

 以前、小さい頃のことを両親に聞いてみたのですが、見た目は明るくニコニコしていたものの、性格的にはおっとりしていて、少し自信がないタイプだったそうです。でも、かけっこで負けるとすごく悔しがるような、負けず嫌いなところがあったそうです。最近、小学生の頃にお世話になった先生から講演依頼のメールをいただいて、当時やっていた遊びのことが書かれていたのですが「君は負けると、もう1回もう1回と、粘り強いというか、負けず嫌いというか・・・」とあって、やはりそうだったのかなと思います(笑)。

 父が学生の頃にバスケットボールを、母はバレーボールをやっていました。その影響なのか、私も子どもの頃から運動は好きな方でした。小学生の頃にはバスケットボールをやっていましたね。中学2年でろう学校に転校して陸上と出会ってから、少しずつ自信がつき、徐々に何に対しても自信が持てるようになったと思います。

Before→After Styling

── 陸上と出会ったきっかけは?

 陸上とは偶然というか、たまたま出会った感じです。中学2年のときにろう学校に転校したのですが、本当は転校してもバスケットボールをやろうと思っていました。でも、当時僕が通っていたろう学校には部活動が3つしかなくて、その中で一番陸上部がピンと来て「もっと速く走れるようになれたらいいな」という気持ちで入部しました。ですので、陸上との出会いはたまたまという感じですね。

── 陸上部の監督は厳しく、練習もハードだったと他のインタビューでもありましたが、実際はどうだったのでしょうか。

おっしゃる通り部活で怒るとまさに鬼のような顔になり、とても怖い監督でした。でも、練習が終わると実際はとても優しい方でした。

きつい練習で毎日ビシバシと指導されて、泣いたこともたくさんありましたが、今から振り返ると、厳しく指導しながらも生徒のことを考えたアドバイスをくれたこと、そしてたまに面白いことをして和ませてくれたことを思い出します。最近、部活動の体罰問題などが話題になっていますが…私の場合はそこまではいきませんが、例えば真面目に走らなかったときなど愛のあるムチはたまにありました(笑)。練習も厳しくて、合宿で300m×10本をやるように言われたり、秋田の冬は本当に寒いのですが、雪の上でタイヤ引きもやりました。また、将来のためにマナーや礼儀なども厳しく教えられました。様々な指導を頂いた当時の監督には本当に感謝しています。

── 「陸上競技で協調性などが育まれた」と言う岡部氏。実際この撮影の現場でも穏やかで礼儀正しく、カメラマン、スタイリスト、スタッフ皆に積極的にコミュニケーションを取り場を常に気遣っていた。陸上競技は個人の記録との戦いのイメージがあるが、協調性や積極性が必要とはどんなことなのだろうか。

一見、個人種目に見える陸上競技ですが、練習はひとりで行うものではありません。学生の部活動時代から、国体チーム、日本代表チーム、実業団のチームなどチームのメンバーとこれまでずっと一緒に練習してきました。また、世界大会に出場する場合は移動時間を含めて他の選手と一緒に過ごす時間も長くなります。ですので、陸上もやはり協調性は求められるように思います。

そして、私の場合はもっと速く走れるようになりたいという思いから、積極的に聴者の実業団のチームでも一緒に練習をやってきました。聴者とろう者では少し異なる文化がありますから、聴者の文化になじむことも必要ですし、聴者のチームにいる時はぼーっとしていると皆さんの会話が自然に入ってくることはありませんから、自分から積極的に質問するなど情報を取りにいかないといけません。そういう部分において必然的に積極的や協調性が培われたのかなという感じがします。

── 厳しい練習から得た結果と新たな目標

中学生時代、苦しい練習に耐えて、一生懸命に努力した結果、東北のろう学校の陸上大会に初めて出場したときに200mで優勝することができました。結果が出ることが嬉しくて、本格的に練習しようと決心しました。その時、初めて夢というか目標ができたのです。そして、いつかパラリンピックでメダルを取りたい!そう思うようになりました。当時はデフリンピック(聴覚障がい者のオリンピック)のことを知らなかったのでパラリンピックを目指していましたが、途中からデフリンピックを目指すようになりました。

当時、為末大さんや朝原宣治さんなどとても速い選手がオリンピックに出ている姿などをテレビで見てすごいなと思っていました。憧れの選手のみなさんから刺激をいただき、それでもっと頑張ろうと練習に取り組んだ結果さらに記録が伸びて、ますます陸上が楽しくなりました。その頃から辛くても続けようと思うようになったのです。

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次回は岡部選手のネクタイ・スタイルのお悩みを解決します!


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